1.1 情報システム
1.1.1 情報の特性
(1)情報と情報の媒体
人と人とがコミュニケーションを図る時,発信者は,音声や身振り,文字や記号,図形,画像など,さまざまな表現を通じて,自らの意図を受信者に伝える.情報は,その表現の内容であり,受け取った情報に基づいて,受信者は発信者の意図を理解する.このような情報は,書籍,新聞,テレビ,映画,電話・FAX,インターネットなど,情報の媒体に載せられて伝達される.このうち,書籍,新聞,テレビ,映画などの媒体による情報の伝達は,マスメディア(発信者)から一般の生活者(受信者)に向けての一方向的な情報伝達であるが,電話・FAX,インターネットなどの場合は,発信者と受信者はその役割を随時交替しながら,双方向的な情報の伝達を可能にしている.
(2)情報の価値
私たちは,本を購入する時,その物質(紙の束)を買うのではない.その紙に印刷された文字や,図・表などから伝達される意味を持つ事柄(発信者の表現意図)を得るために,本を購入するのである.この「意味をもつ事柄」が情報であり,その情報に価値を見出す場合,代価を支払って購入する.私たちは,本やCD-ROMの「器」ではなく,「器の中身」である情報を選択し,手に入れ,活用する.
(3)情報の特性
情報は,a)〜e)の特性を持つといわれているが,さらにf)の伝搬性を加えて,情報倫理との関連性をまとめると,次のようになる.
a)相対性
情報の相対性とは,情報には送り手とともに受け手が必ず存在し,送り手から出された情報を,受け手が受け取ることによって,はじめて情報の意味が生じることを示している.したがって,情報を発信する場合,受け手の存在を意識し,配慮して発信する必要がある.
b)目的性
情報の目的性とは,情報の発信する場合も受信する場合も,何らかの目的が介在していることを示している.情報の送り手は,ある目的を持って意図的に情報を創造し,発信する.情報の受け手もまた,目的を持って情報を選択し,受信する.情報は,受信者によって多様に活用されるため,その信頼性が要求される.正確でない情報を送るようになれば,情報に対する信頼性が薄れ,情報社会におけるコミュニケーションが難しくなる.
c)個別性
情報の個別性とは,情報を受け取る目的や価値観によって,情報に成りうるか否かが決まるということである.ある人には非常に価値のある情報でも,別の人にとっては,全く価値の無い情報である場合が多いので,情報の個別性を考慮した情報発信の倫理観が求められる.
d)不滅性
情報の不滅性とは,創造された情報は,誰かが受け取ったとしても,減少したり,変化したり,消滅したりするものではないことを意味する.このように,一度創造した情報は無くならないため,個人情報の保護には細心の注意を払う必要がある.また,情報の不正コピーは,コピーをしても原本が残るため,窃盗のように他人の所有物を奪い取る行為とは異なり,罪の意識を持ちにくい傾向がある.この情報の不滅性が,著作権に対する倫理観の形成を困難にしていると考えられる.
e)複製性
情報の複製性とは,情報は実際の物質とは異なり,複製して同一のものを創り出すことが容易であるということである.特に,情報がデジタル化されることによって,この情報の複製が容易に,短時間に,しかも劣化することなく大量に生産することができるようになった.この情報の複製性は,著作権の侵害を容易にするだけでなく,個人情報の漏洩や,不要データの送信など,ネットワーク上のさまざまなトラブルを巻き起こしている.
f)伝搬性
情報の伝搬性とは,情報は人々の間を容易に伝搬して,広められていく特性を持っていることを示している.この伝搬性を悪用して,電子ネズミ講(インターネットネズミ講)やマルチ商法などのインターネット犯罪や,デマ情報,個人攻撃,情報操作などの問題が起きている.
1.1.2 情報システムの利用と安全性
近年の情報技術の進展と,社会における情報基盤の整備によって,さまざまな情報システムが機能している.情報システムには,POS(point of sales)システム,物流管理システム,マーケティング意思決定システムなどの経営戦略に用いられる「ビジネスシステム」や,CAD(Computer Aided Design)/CAM(Computer Aided Manufacturing),CAE(Computer Aided Engineering)などの生産工程の自動化や効率化を目的とした「エンジニアリングシステム」,さらに,銀行オンラインシステム,交通管制システム,気象予報システム,無人交通システム,図書館データベースシステムなどのように,われわれの生活を支え,安全を守るための「社会情報システム」などがある.
次に,日常生活に深く関わるいくつかの情報システムを取り上げ,生活者の立場から,情報倫理やセキュリティの問題について検討する.
(1)POSシステム
コンビニエンスストアなどで,商品に付けられたバーコードを会計の際に読み取り,商品の販売動向を把握して品揃えに役立てるシステムである.近年,百貨店やスーパーなどにおいてショッピングカードが用いられることにより,バーコードから読み取った商品のデータと共に,氏名,性別,年齢などの購入者の個人情報が記入され,コンピュータに読み込まれて商品管理センターに送信される.このデータを用いて,小売店ごとの販売動向を導き出し,在庫管理を行い,戦略的な品揃えを行って販売を促進する.さらに,この流通システムは,生産過程の情報システムと結びつき,統合的な経営情報システムに組み込まれるようになった.
ショッピングカードの多くは磁気カードを用いており,記録された個人情報を目で確認することができない.そのため,ショッピングカードを用いる場合,支払いの度に個人情報を店員に知らせているという意識が薄い.私たちは,不必要な個人情報の開示は避けるべきであり,各種のお買い物用の磁気カードによる個人情報の流出に注意を払う必要がある.
(2)銀行オンラインシステム
銀行で預金や払い戻しをする場合,従来は通帳と印鑑を持って,銀行の営業時間内に窓口まで出向く必要があった.しかし,現在では,現金自動預払機(ATM: Automatic Teller Machine)によって,キャッシュカードを用いて現金の払い戻し,預け入れ,振り込みなどが休日でも可能になった.また,各銀行がオンラインシステムで相互に結ばれるようになり,他銀行のATMからキャッシュサービスを利用することも可能になった.
便利になった反面,キャッシュカードの盗難による被害が絶えない.カードの利用者がカードの所有者であることを証明する方法は,現在のところ,4桁の暗証番号をATMに入力する方法のみである.不正に利用されないためには,利用者が誕生日や電話番号など解読しやすい暗証番号を設定しないなどの対策しかない.
近年,電話やインターネットを用いて残高照会や振り込みなどを行う,テレフォンバンキングやインターネットバンキング等の利用サービスが可能になり,場所や時間の制約を受けずに銀行の取引が受けられるようになった.さらに,キャッシュカードで買い物をして,商店と銀行が提携して,その場で決済できるデビットカードの方式もある.商品代金の支払いは,金額と暗証番号を入力することによって行われるが,商品を販売した商店は,クレジット会社を介さずに,直接,顧客の銀行の口座から代金を引き落とす.この場合,利用者にとって手数料が不要であり,少額の買い物にはクレジットカードより利便性があり,利用される可能性が多い.
(3)クレジット決済システム
(1)で述べたPOSなどの流通業の情報システムと,(2)で述べた金融業の情報システムが連結され,クレジットカードでの支払い決済が可能になった.クレジット会社と提携している商店での買い物や,ホテルなどのサービス業での支払いが,現金ではなくクレジットカードで支払うことが可能になり,広く利用されるようになった.支払い時にクレジットカードを提示することにより,カードの所有者が契約している銀行の口座から,自動的に現金が引き落とされて,商品を購入した商店に渡る.利用できる店舗も増え,世界各地で利用することが可能である.
このシステムにおいても,銀行のオンラインシステムと同様に,カードの紛失や盗難によって不正利用され,多額の被害を受ける場合が少なくない.また,現金を用いないカードでの支払いは,計画的な消費行動の意識を麻痺させ,カードでの買い物がかさみ,多額の借金を抱えて自己破産するケースが増えてきている.
(4)インターネットショッピング
インターネット上に店舗を開き,商品を販売する会社が増え,私たちは居ながらにして,世界中の商店から目的の商品を選んで購入したり,チケットの予約などのサービスを受けることができるようになった.商品売買のためのシステムとして,インターネットを利用するインターネットショッピングは,前述した流通システムや金融システムとも融合し,広範囲な情報システムとして,今後,成長していくと考えられる.
このインターネットショッピングでの支払いは,前述したクレジットカードの番号や1.7で述べる電子マネーによる決裁方式が取られている.インターネットを通じてクレジット番号を送信する場合,伝達の途中で番号を解読され,悪用される危険性がある.この場合,クレジットカードの所有者は,クレジット番号を盗用されていたとしても,盗難の事実を知ることができず,甚大な損害を被るケースがある.このような被害を防ぐためにも,消費者の情報セキュリティに対する意識や知識が向上し,さらに,盗用を防止するための暗号化やデジタル署名の技術の進歩が望まれる.
1.1.3 情報システムの問題点
社会を支える情報システムは,単独の企業で運営されているわけではなく,流通,生産,金融・サービス業など,多くの企業の連携によって運営されている.さらに,これらの企業は,各々の情報システムをネットワークで相互に接続するために,公衆通信サービス業者の通信回線を利用している.したがって,通信サービス業者の通信回線には,さまざまな情報システムが相乗りし,同一の転送ラインに設置されたケーブルや衛星回線に通信データが集中して流れている.
このように,各種の情報システムを動かすデータを集中して取り扱っている回線の一部が,何らかの人為,あるいは天災による事故で切断されると,その被害は甚大である.このような回線事故の場合,銀行のオンラインシステムはもちろん,110番や119番の緊急通報までもがストップすることもある.また,管理の方法や体制が複雑に絡み合うネットワーク内部での事故のため,復旧に手間取り,原因の解明にも時間がかかる.ネットワークによって巨大に膨れ上がった情報システムの管理は難しく,一旦事故が起きると被害は広範囲にわたり,私たちの生活に不便と不安を与える.