2.1 電子メールによる情報発信

2.1.1 電子メールとは

 遠方にいる他の人と連絡を取り合う手段は,古くは狼煙や灯台といった信号の送受信から,文字を伝える手紙,音声を交信する電話,静止画像を送るFAX,音声に加えて動画までやり取りできるテレビ電話など,様々なメディアが発達してきた.それぞれに長所短所があり,現在も進化を続けている.コンピュータの普及によってこれらのメディアに加えて,電子メールという新しいメディアが生まれ,これからの情報伝達手段の主役になろうとしている.

 電子メール(Electronic Mail, E-mail)は,ネットワークを利用して端末同士がメッセージをやりとりする仕組みのことである.端末などでメッセージを作成,あるいは読む部分をメーラあるいはMUA(Mail User Agent)といい,メッセージをネットワークで配送する部分をMTA(Mail Transfer Agent)という. 電子メールを「新しいメディア」と書いたが,むしろ,これまでにあったメディアを統合したものと捉えた方がよいかもしれない.もちろん若干の短所もあるが,既存メディアの多くの長所を引き継いでいる.いくつか拾い上げて,電子メールの特徴を紹介する.

 まず,送信が非常に手軽である.郵便物ならば切手を貼ってポストに投函しに出かけなければならない.書類の宅配サービスでも同様で,取り次ぎの窓口まで持っていくとか引き取りに来てもらうという手間がかかる.FAXで送信するにしても,一度プリンタで紙に印刷する必要がある.その点,電子メールは,例えばワープロで作成した文書を,席を立つことなくその文書を作成した同じコンピュータを使って他人に送ることができる.表計算のデータも同様に送れる.その手間は作成したデータを保存することとほとんど変わらない簡単な操作である.

 また,相手に情報が届くのに必要な時間も大幅に短縮できる.途中経由するネットワークに障害がなければ,ほんの数秒で相手先に届く.これは相手が地球の裏側にいても同じである.速達を利用しても最低一日はかかる郵便物とは比べ物にならない.電子メールの送受信のために電話線を利用することが多いが,例えば海外に住む人に電子メールを送信するときでも,国際電話を利用しているわけではない.市内料金で世界中に電子メールが送れる.これは後述するように電子メールは相手先まで直接送られるのではなく,途中いくつかのサーバを経由して,次々と送られていくためである(図2.1).送信者の負担は最初のサーバコンピュータまでだけでよい.

 さらに電子メールは同じ内容のものを大勢の人に一度に送信することができる.「宛名」は人数分入力する必要があるが,一度アドレス帳に登録しておけば,次回からは宛名にグループ名だけを書くことでグループのメンバー全員に送信することも可能である.また,相手がどこにいても(相手が電子メールを読むことができる環境にいて,電子メールを読む意思さえあれば)連絡がつくことも他のメディアにはない特徴である.

図2.1 メールが伝わっていく様子

「電子メールを読む意志さえあれば」と述べたが,これは非常に重要なことである.通常の郵便では,自分宛の手紙は,最寄りの郵便局員によって,雨の日でも雪の日でも自宅まで配達してくれる.したがって,手紙の受取人はきわめて受動的である.これに対して,電子メールの受信者には能動性が要求される.つまり電子メールでは,受信者が「私宛のメールはありませんか?」と問い合わせるまで,サーバ上に留め置かれる.よって,サーバは「ネットワーク上の私書箱」という考え方もできる.

 次に,守秘性という観点で述べる.郵便配達員はいかなる場合でも,配達する手紙の内容を見てはいけないという法律が存在するので,封書の場合は,かなりの守秘性が保証されている.しかしながら,電子メールの守秘性はそれほど保証されてはいない.誰かに電子メールの内容を覗き見されることも充分あり得る.それでも最低限のセキュリティは用意されており,それがアカウントとパスワードである.仮に,「私宛の電子メールはありますか?」とサーバにアクセスしたとすると,サーバは「あなたは誰なのか」「あなたは本当にあなた自身なのか」と尋ねてくる.「あなたは誰なのか」に答えるのがアカウントで,「あなた自身である」ことを証明するのがパスワードである.この二つを照合し「あなたが本当にあなた自身であること」を確認した上でサーバはあなた宛の電子メールを配信する.だからキャッシュカードやクレジットカードの暗証番号と同様,パスワードは決して他人に教えるようなものではないし,誕生日や電話番号などといった容易に類推できるものを使うことも避けるべきである.

2.1.2 電子メールのメールアドレスとヘッダ情報

 電子メールのシステムはメール(郵便)という言葉を用いるように,既存の郵便と同じようなシステムである.したがって電子メールを送信する際には,どこに送るのかということをシステムに伝えなければならない.これがメールアドレスという電子メール上の宛先である.通常の郵便物に書く宛先には「住所」と「氏名」の二つの要素がある.住所は宛先の建物の所在地,氏名は受取人である.メールアドレスはこの二つをまとめて表記する.

 例えば,図2.2に示す taro@xxx.yyy.ed.jpというメールアドレスの場合,@より前が「受取人」,@より後ろがサーバの「所在地」 にあたるので,「xxx.yyy.ed.jpに所属するtaroという人」という意味である.所在地といってもサーバの機械がおいてある具体的な地名を示しているのではなく,インターネットに接続されているコンピュータの名前で,正しくはドメインネームという.

 ドメインとは「領土・領域・範囲」といった意味である.ドメインメームの一番後ろのアルファベット2文字をゾーンコードという.

図2.2 メールアドレスの例

 

送信者が書いた本文以外に,電子メールのシステムが送信や受信のために利用する数行の文(これをメールヘッダという)が,本文の先頭に付加されてメール文書は送信される.図2.3にメールヘッダの例を示す.

図2.3 メールヘッダの例

メールソフトを最初に使うときは,メールソフトがメールヘッダを作成するのに必要な情報を入力しなければならない.以下に,メールヘッダの内容について説明をしておく.なお,アルファベット記号は,図2.3中の記号と対応している.

(A)From:

メールの送信者を示すメールアドレスを記述する.
送信者が設定できる.

(B)To:

メールの宛先を示すメールアドレスを記述する.送信者が設定できる.複数の宛先をカンマで区切って記述できる.

 上記の2つのヘッダは送信者が設定するものとしては必須である.

(C)Subject:

メールの題名である.送信者が設定できる.

(D)Reply-To:

受信者がメールソフトで「返信」操作を行った場合にその返信先を送信者が指定する場合に用いる.返信先のメールアドレスを記述する.このヘッダがない場合,通常はFrom:の内容が返信先となる.

(E)Date:

メールが送信された時刻が設定される.

(F)Message-ID:

メールごとに割り当てられた識別コードである.

(G)Received:

メールがたどったMTAの履歴が付加されている

 

 先に述べたとおり,電子メールでいうドメインネームは地理的な住所ではない.したがって受信者はインターネットに接続可能なコンピュータがあるところならば,どこでも自分宛の電子メールを読むことができるし,また発信する側も受信者が現在どこにいるかを意識する必要はまったくない.例えば「東京に住んでいる人に電子メールを送った.すると,すぐに返事がかえってきたが,そのメールのヘッダ情報をみると,アメリカからメールを送っていることがわかった」などいうことも珍しいことではない.またその電子メールがアメリカから来たということ自体,本文だけを見ている限り,まったくわからない.

2.1.3 電子メールによる情報発信と問題点

 電子メールは複数の宛先を入力することで,一斉に同じ内容の電子メールを送信することができる.これは電子メールの大変便利な点であるが使い方を誤ると問題を引き起こす.というのは,その電子メールを受信した人には,その電子メールを送信したすべての人のメールアドレスを知ることができるからである.

 例えば,「下記の住所に引っ越しました.」という電子メールを多くの知人に送信する必要が生じたとしよう.このとき宛先の欄に勤め先の同僚,学生時代の友人,親戚,恩師などを羅列して送信すると,もちろん新しい住所は伝わるが,同時にすべての人のメールアドレスをすべての人に公開したことにもなる.つまり勤め先の同僚と,学生時代の友人のすべての了解を得ずに紹介したことになる.電話番号などと同じくメールアドレスも立派な個人情報で,知らないうちに自分のメールアドレスを見ず知らずの人が知っていたというのはあまり心地よいものではない.こんなときにはグループごとに何度かに分けて送信するか,次に説明する Cc (Carbon copy), Bcc (Blind carbon copy)を利用するとよい.

 電子メールの宛先には,直接の宛先とは別に Cc ,Bcc の2種類の宛先がある. Cc , Bcc ともに直接の宛先に送った電子メールとまったく同じ内容のものが送信される.送信者は主として関係があるのは直接の宛先の人だけれども, Cc , Bcc として送った人にも,その内容やこのような電子メールをやり取りしていることを知っておいてもらいたいという時に,これらの宛先を用いる.メールアドレスを公開しても差し支えない間柄の場合には,Cc を用いるが,お互いにメールアドレスを公開しない方がよい間柄の場合には,Bcc を用いる. 先ほどの例では全員を Bcc として送信すれば,それぞれのメールアドレスを公開することなく,「引っ越ししました.」という連絡を送ることができる.

 メールの送り先のグループは,メールソフトが持っている機能の一つである.発信人が同一のメールを大勢の人に向けて発信したい場合,To: の欄にメールアドレスがずらずらと羅列するのを防ぐためのもので,グループのメンバーの追加・削除が可能である.郵便でいえば,同じ内容の年賀状を何百枚か,宛名だけ変えて,ポストに放り込むようなものである.

 メーリングリストとは,ある目的のために,ネットワーク上に開いた会議室と考えてよい.参加するには,メーリングリストを管理している人に,自分が入りたい意志を伝えると,メーリングリスト専用のメールアドレスを教えてくれる. そこに電子メールを出すと,サーバの中で,メンバーの数の分だけコピーして,メンバーに発送してくれる.ただし,発信人には,メンバーが誰であるかということはわからない.郵便では,同様のサービスは現時点では提供されていない.

 さらに進んでくると,自分でメーリングリストを作りたいと考える場合もあるだろう.その時,サーバを個人で管理していない場合は,インターネットに接続するサービスを提供しているプロバイダに委託することで作ることが可能である.

<電子メールの文字化け(画像化け?)>

 従来,電子メールは,文字情報のみを伝達する目的で設計されていたが,マルチメディア技術の進歩により,画像,音声,動画も伝達する必要が生まれてきた.文字情報だけでなく,画像,音声,動画のマルチメディア情報も電子メールで扱えるように拡張したものが,MIME(Multi-purpose Internet Mail Extensions)形式である.このことにより,電子メールで,文字,画像,音声,動画の混在した情報を伝達できるようになり,便利になった.

 文字情報のみを伝達していたときには,文字化けをするので半角カタカナやコードの異なる記号(例えば,@など)は使わない,「Subject:」には漢字を書かないなどがマナーであった.MIME形式の採用や電子メールの普及とともに,「Subject:」に漢字が入り,さらに画像の入った文書の添付メールが多くなってきた.コンピュータの機種やワープロソフトが異なると,添付メールは,文字化け(画像化け?)した多量の無意味なデータになる.マナーは技術の向上とともに変化していくが,相手の計算機の使用環境を十分把握して,配慮することは大切なことである.

 

2.1.4 電子メールにおけるネチケット

 ネチケットとは「ネットワーク上でのエチケット」のことである.端的にいえばエチケットとは「作法」であり,辞書には「その社会で守らなければならないとされる言語・動作などについてのきまり」とある.ネチケットとは一般社会におけるエチケットは当然のこととして,さらにネットワーク社会に特有の「作法」も含めた概念である.

 ただ,ネットワークで全世界が結ばれた現代では,それぞれの地域や民族がもつ固有の価値観が相容れないことも当然出てくるし,また技術の発達によって数年前までは非常識とされたことが現代では何の問題ももたないということもある.したがってネチケットは固定的に定義されるものではないが,その根底にあるものは,「受信者を傷つけないことや受信者の気分を害さない配慮」,また「ネットワークは共有物であり個人が占有するものではない」といった点である.常識的なことも多いが,案外,知らず知らずのうちに犯しているのがネチケットである.ちょっとした気配りが気分よくコミュニケーションを進める秘訣である.例えば,次のようなスマイリーマークを用いることによって,感情を損ねないようにすることが可能である.

(^^)    m(_ _)m    \(^o^)/

 

 ネチケットの基本的なルールを表2.1にまとめた.さらに詳しく知りたい方は,章末にあげる参考文献を参照していただきたい.

 

表2.1 ネチケットの基本的ないくつかのルール

1)相手の文化や相手のおかれている状況を考えること

2)他人のプライバシーを尊重すること

3)著作権は侵害しないこと

4)相手の使用環境を考えること

5)無意味なメールは送らないこと

6)電子メールは,すぐ届くとは限らないので,相手からの迅速な返事を期待しないこと

7)ファイルを添付する場合は,その大きさ(容量)を考えること

8)一目でわかりやすい題名(サブジェクト)をつけること

9)メールの最後に自分の署名(シグネチャ)を入れること

10)個人宛のメールを転送するときは,許可を得てからにすること

11)他人のメールを転送するときは,内容を変更しないこと

 

2.1.5 電子メールにおける問題

 2.1.4まででネチケットを含む電子メールに関する基本的な問題について触れた.ここではその他に電子メールで問題となっている事項について説明する.

(1)チェーンメール

 チェーンメールは,一般の郵便を使った「不幸の手紙」「チェーンレター」などと呼ばれるいたずらのネットワーク版である.「同じ内容のものを3日以内に5人の人に送付しなければあなたは必ず不幸になる」などという実にくだらないいたずらである.ところが,電子メールの簡便性がこのいたずらを加速しかねないのである.アドレス帳から5人のメールアドレスを抜き出して送信ボタンを押すだけでよいから,操作になれた人なら10秒とかからずにできてしまう.しかし,技術的にできることと,道徳的にやってよいことの区別はつけなければならない.人の弱みにつけ込むようなチェーンメールはどんな社会でも,どんな時代でも決して認知されるべきものではない.これはエチケット違反どころでなく,犯罪と呼んでもよいレベルのものである.このようなメールを仮にあなたが受け取ったとして,あなたの気持ちは決して快いものではないはずである.他の人に同じ思いをさせるべきであろうか? ここは冷静に判断して,そのメールを削除すべきである.

(2)フレームメール

 ネットニュースやパソコン通信のフォーラムのように,メールの送信者が不特定多数の場合には,虎視耽々とフレーム(罵倒や弾劾)を仕掛けるのを楽しみにしている人(フレームメーカ)が潜んでいる.誤解を招きやすい表現があると,好機到来とばかりに言葉尻を捉えて挑発的な返信をする.フレームメーカとの議論はさけて,相手にしないことが大切である.

(3)メール爆弾

 文字化けした悪戯メールであるが,その量が非常に多く,電話代やプロバイダの接続料金がかかる上に,かなりの時間の無駄遣いをする.匿名や正体不明のメールであるが,絶対に返送せず,無視した方が賢明である.また,意図的にサーバに多量のメールを送りつけ,個人のメールが保存されている,いわば「私書箱」にあたる領域を満杯にするメール爆弾もある.

(4)データ量

 技術の進歩とともに劇的に変化してきたのがネットワーク上を流れるデータ量である.それにつれて個人で扱えるデータ量も飛躍的に増大した.ほんの数年前までは電子メールでは文字しか送れなかった.それは写真や音声などのデータのサイズが大きすぎて,ネットワーク上でデータが渋滞し,他のデータのやり取りに支障があるとされてきたからである.普段の生活の中でそれほど広くない住宅街を大型のダンプカーが軒をかすめながら通る様子を想像してみよう.ダンプカーの後ろには乗用車が十数台….これと同じことがネットワーク上で起きていたのである.今では,ネットワークも整備され, 少々大きなデータでも快適に通りぬけるようになっている.しかしデータ量が少ないと障害が起きにくいので,不必要なトラフィック(Traffic:通信回線上での通信量)は増やすべきでない.また郵便や電話ならば情報を送信する側が必要な料金を負担するが,電子メールは他のメディアと違って受信者もお金を払わなければ電子メールを読めないという点にも注意が必要である.最寄りのサーバまで電話で接続する際の電話料金などを考えると,一つの情報のやり取りにおける送信者と受信者の金銭的な負担はほぼ等しいといわれている.受信者のことも考えると基本的にはデータ量は少ない方がよいということである.

(5)メーリングリストの誤用

 メーリングリストは,グループのメンバー全員で情報のやり取りをする場合には非常に有効で便利なものである.あるメンバーがメーリングリスト宛てに電子メールを送ると,同じ文面が他のメンバー全員に送信される.会議の予定やパーティーの連絡など全員に一斉に知らせたいときにはメーリングリストを使うとたいへん便利である.ただし,メーリングリストの利用はあくまでも全員に知らせたい情報のやり取りに限るべきである.一部のメンバーだけに関係ある情報のやり取りにメーリングリストを使うべきではない.

 例えばメーリングリストのメンバーであるAさんから「今度のパーティに参加するかどうか出欠をまとめます.」という電子メールが来たとしよう.一人一人が参加か不参加を返信しなければならないが,宛先はどうすればよいだろうか.多くの電子メールソフトには返信ボタンがあり,それを押すことで返信のメール作成画面に切り替わると同時に宛先には返信先のメールアドレスが自動的に入力される.これは非常に便利な機能であるが,その代わり返信の宛先はメーリングリストになってしまう.つまりAさんだけに伝わればよかったはずの,あなたの参加/不参加の返事が他のメンバーにも伝わることになる.自分にも自分の返事が来ることになる.仮にAさん以外に99人いて,その99人が全てこの方法で返事を出すと9900通の電子メールがネットワーク上を行き来することになるが,そのほとんどが無駄な情報のやり取りである.幹事でもないあなたがその全てを読む必要があろうか.無意味な電子メールに埋もれた大切な別の電子メールを見落とす可能性も出てくる.メーリングリストらの情報に返事を書くときは宛先を十分確認しよう.自分に関係のない情報を受け取っても処理に困るだけだし,もっと重要なことは,その関係ない情報を受信するためにわずかでも料金を負担していることに気づいてしまうと,その情報の発信人にきわめて不快な感情をもってしまうことになるだろう.